アームチェア人智学日記 改

或る奴隷博士の告白

死なない伝令

歴史という全体があったとしてもその先端は燃える導火線に過ぎない。その炎が私の耳元で絶えずつぶやき続ける。世界が劣化する機械は完成し過ぎている。その不可逆ラチェットが破滅に向けて進んで行く。生と死の間を彷徨うもの。見えるものと見えないものの間の界面が絶えず乱れている。そこに現れる構造を人間と呼ぶ。あっという間に消えてしまうこともある。

祈り

地を覆う樹木のすべてが
私のはらわたでありますように
空を行く鳥たちのすべてが
私の脳髄でありますように

『死なない伝令』と言う詩を書くべきかどうか悩んでいる(それは私の秘密だから)。それは私に憑依しているのである。私の顔つきに乗り移って蘇る。そうやっていつでも私と共にいる。伝令は死んではいない。口を動かしてみよ、おそるおそる。その声が耳に届くか? その姿が私になるか? 伝令はいつでも風に乗ってやってくる。その存在を私は思い出す。それは私の血流と化し、神経パルスと化し、私になる。

京の裏通りを歩いて海に着く夢を見た。奇怪な美しい装飾に彩られた京の裏町を「さすが京都だ」と感心しながら歩いて行く。裏通りの行き止まりが通りにくい岩の下にある狭い自然の隧道になっていてその先に海がある。私が難儀していると上からお婆さんが上の道を行くように教えてくれた。すぐに海の水がひたひたと足下を洗う場所に出る。寂れた海水浴場の脱衣場のように区切られた砂地を過ぎるとその先が海らしい。そこには遊びに来た少年達がいたようだがその影しか見えない。海に出た。視界は無く海に来たという漠然とした感情と魚たちの存在が胸に押し寄せてくるばかりであった。これは時間の諧謔だろうか? 京都にこのような場所は無いということに気がつくまで何年かかったのか? 「裏町」で見た装飾を思い出す。それは南米古代文明の巨石彫刻に有機的な色彩と構造を加えたような奇怪な美しさなのであった。常に共にいる救い主。言葉。