アームチェア人智学日記 改

或る奴隷博士の告白

意識の背景としての夢

シュタイナーだと思うのですが、「われわれは白昼も夢を見ているのだが、白日の明るさに意識が眩まされているために、そのことを意識することができないだけなのだ」という言葉がある。夢とその感覚について考えていて、昨日、その言葉を思い出した。意識の背景で絶えず夢を見ているような感じは、確かとは言えないにせよ、思い当たる節がある。その白日の夢の世界から、何かを受け取ったり、交信したりしながら生きているような感じ。有り体(ありてい)にいえば、無意識と言うことになってしまうでのしょうが、ユングを読んでも、こう言う形では明言されてはいないかも知れない。記憶の問題、音楽や感情の問題とも関係する。表現なのか、研究なのか、わかりませんが、自分にとってもっとも大事な主題がここに関わることは確かです。