アームチェア人智学日記 改

或る奴隷博士の告白

原子力発電の基礎過程としての核反応とその仕組み 新型蒸気機関としての原発は懐古的ローテク技術ですね  (承前)

前回の続きです。もう一度、下の図1を見てみましょう。


図1ボーア・フイーラーによる典型的な核分裂プロセスのモデル。

ここで(a) ウラン235に中性子1個が吸収されて、(b)ウラン236になる。しかし、ウラン236は興奮した核(励起状態と呼びます)で、著しく不安定なので、(c)(d)(e)に示すような道筋で、核分裂が生ずる。この時、(f)に示すように、二つの核と共に、中性子が2個生成することがポイントです。この過程は、例えば、次のように書ける。

235U + n -> 140Xe + 94Sr + 2n (1)

ここで、nは中性子を示す。140Xeはキセノン140、94Srはストロンチウム94です。
本来ひとかたまりであった235Uが、中性子1個を吸収することで、著しく不安定になり、二つの原子核に分裂しています。すなわち、結合していたウラン原子核内部の235個の核子中性子と陽子)が泣き分かれたことになりますが、この際に、核子の結合エネルギーが放出される。この核子の結合力は、通常の化学結合(電子が関与)の結合力の100万倍以上で、莫大なエネルギーです。ここで、アインシュタインの有名な式(E = mc2)が登場し、核子の結合エネルギーに相当する質量が失われる。物質が消失してエネルギーに変身する例です。この莫大なエネルギーで水蒸気を発生し、タービンを回して、発電するのが原子力発電の原理です。


図2 加圧水型原子炉の模式図

図2も英語表記ですが、分かると思います。左のReactor Coreと言うのが、燃料棒のある部分で、ここで(1)式のような核分裂反応が生じます。その外側のpressure vesselと言うのが、問題の圧力容器ですが、少なくとも1号炉では底部に穴が空いているらしい(メルトスルー)。ここで茶色に塗ってある部分は水(一次冷却水)です。この加熱された水を循環させて、右のSteam generator(蒸気発生器)で二次冷却水の蒸気を発生し、その蒸気で右上のTurbine(タービン)を回し、その動力をElectric Generator(発電機)で電気に変換する。タービンで発電の仕事をした二次冷却水は右下のSteam Condenser (蒸気冷却器)で冷やされ、再度循環して蒸気発生器に送り込む。ここで、二つのPump(ポンプ)が働いていますが、このどちらかでも故障すると、後で述べるように、たとえ核分裂反応は停止していても、膨大な崩壊熱を処理できなくなり、燃料棒の溶解(メルトダウン)が起きて、圧力容器の損傷、さらに外側の格納容器(この図では書かれていない)の損傷などが連鎖し、放射性物質の環境への漏洩が始まる。

蒸気機関車では石炭で蒸気を発生して、それを動力に変換していました(大友克洋"スチームボーイ"も参照)が、原子力発電も、このようにして眺めると、18世紀産業革命のしっぽを引きずっている素晴らしい懐古趣味な(ローテク)技術であることがわかりますね。

式(1)の核分裂反応に戻る。
この反応では、繰り返すが、中性子1個の入射に対して、結果的に中性子が2個生成する。この意味するところは重要で、仮に、高濃度のウラン235のかたまりにおいて、この反応が始まったとすると、生成した2個の中性子が次の反応では4個の中性子を発生し、この4個の中性子が次の反応では、8個の中性子を発生し、この8個の中性子が、次の反応では、16個の中性子を発生し、この16個の中性子が、次の反応では36個の中性子を発生し、・・・・・・・・・
と言うことになるり、反応が燎原の火の如く、拡大して行く。いわゆる連鎖反応だが、これが極めて短時間に進行してしまうと、通常の酸化反応の場合であれば、爆発的な反応として、TNT火薬の爆発などになるが、原子核分裂反応がこのように進んでしまうと、原子爆弾などの核爆発になる。原子爆弾に関しては後日述べるが、このように核爆発になってしまっては、発電どころの騒ぎではない。そこで、原理的には、ここで発生した余分な中性子1個を取り除いてやれば、反応はお行儀良く、定常的に進み、エネルギーの利用が可能になる。この余分な中性子を取り除く(吸収する)役目を果たすものが、制御棒で、中性子の吸収効率を考えてカドミウムなどで出来ている。この制御棒を挿入したり、ほどよく抜いたりすることで、核分裂反応を制御するわけである。私は事故の第一報を聞いたとき、制御棒の状態が分からなくてやきもきした。

図1(a)(b)で示されているように、ウラン235原子核中性子を吸収して励起状態ウラン236を生ずることが核分裂の前提であるが、そのためには、入射する中性子は十分にゆっくりと(熱運動程度のエネルギーで)原子核に近づかなければならない。しかし、式(1)で生成する中性子2個は、核エネルギーを担って恐ろしいスピードで飛んでいるので、この条件を満たさず、上に述べたような核分裂反応が進まない。そこで、緩衝材というものが用いられ、生成した高エネルギー中性子
の速度を落とす。これには、水が使える。水(H2O)の水素の原子核は、陽子1個で、中性子と同程度の質量なため、効率的に中性子の運動エネルギーを吸収してくれるのだ。

このような核分裂反応であるが、そのための原料に出来る同位体は実は限られている。下の表1を見てみよう。

表1 核分裂の可能性を4個の核種を例に検討してみる

要するに、同じウランでも、自然界に99.3%も存在する大多数のウラン238では核分裂反応に使えない。残りの0.3%の方の、ウラン235はOKだ。ウランよりも重いプルトニウム(Pと書いてあるが、Puの誤り)238もOKだ。しかし、もっと重いアメリシウム(Am)243では駄目だ。これはどうしてだろう。そこで、少し専門的だが、下の図3を眺める。


図3 核分裂反応における各段階のポテンシャルエネルギー。横軸は、図1(d)の核間距離rです。

ここで、ポテンシャルエネルギーというのは、この原子核の形成する系の静的なエネルギーと考えてもらえばよいです。Qがこの核分裂反応により放出されるエネルギーです。Ebは、この核分裂が起きるために必要なエネルギー(エネルギー障壁)と考えて下さい。そこで、表1に戻る。Enは、図1(b)を例に取ると、生成した励起状態ウラン236のもつ励起エネルギー(過剰なエネルギーと考えて下さい)です。ウラン235の場合、表1で、En = 6.5であるのに対して、Eb = 5.2で、励起エネルギーEnの方が、エネルギー障壁Ebよりも大きい。従って、核分裂が進行する。一方、ウラン238では、エネルギー障壁の値の方が、励起エネルギーよりも大きいですね。従って、核分裂反応は進行しない。プルトニウム239でも同じ理由で、核分裂が起きますが、アメリシウム243はこの理由により、核分裂しないと言うことが分かる。

従って、自然界のウラン238が99.7%のままでは、ウラン235の濃度が薄くて、反応(1)が継続的に進行しないことが予想されます。事実、ウラン235の濃度を3%まで上げる(濃縮)する必要があります。一方、原子爆弾の場合には、その濃度をさらに上げる必要があることが予想できますね。

今日はこの辺で。また訂正加筆して行きます。