山森:
では、今私たちがBI(Basic Income)を要求するときにどうしても抜いてはいけないのは何かと言えば、それは60,70年代のBI要求なのではないかと思っています。なぜならそれが、私の理解では、昨今のBI議論の大きな根っ子になっているからです。ではまず、それはどういう要求だったのか。拙著の中では、アメリカ合衆国の福祉権運動、イタリアの「女たちの闘い」とアウトノミア運動、それからイギリスの要求者組合運動の三つを挙げさせていただきました。
アメリカの福祉権運動で要求されたものは、負の所得税的な要求も含んでおり、現在学問的に精緻化されているBIよりはやや広い概念で議論がされていました。
ただ半面、「その分」と言っては語弊があるかも知れませんが、大きな広がりをもっていて、公民権運動の活動家であったキング牧師もBI要求をしていました。
1963年にキング牧師がワシントン大行進を組織し、有名な”i have a dream"という言葉を含む演説を行い、それが翌64年の公民権法に結実します。
法の上での形式的な平等はそこで達成されたわけですが、なお残る社会的・経済的不平等の問題をどうするかという議論の中で、キング牧師はBI要求について真剣に考えはじめ、必ずしも良好な関係になかった黒人シングルマザーたちの団体に頭を下げ、BI要求の大きな運動を作りたいということで、両者は手を組みます。
それが68年2月のことですが、実際に「貧者の大行進」を一緒に組織し、全米各地を4月に出発してワシントンに6月に結集し、大同員をかけてBIに対する世論を盛り上げ、その導入に繋げるという、63年から64年に至るのと同じ道筋・戦略をキング牧師は描いていたわけです。しかし不幸にしてか必然というべきかはわかりませんが、その年の4月にキング牧師は暗殺されてしまう。
さらに4月下旬の大行進が始まるはずの日には、黒人シングルマザーのBI要求をしていた活動家たちが軒並み逮捕・拘束されるという事態となり、アメリカのBI要求を求める運動は暴力的に鎮圧されていく経緯を辿ります。
アメリカの運動の中で、シングルマザーたちの運動は66年くらいから盛んになってきますが、BIの話は最初からありました。ただそれgはある程度マジョリティの位置を占め、コモンセンスとなっていくのは68年くらいからのことです。
現代思想2010年6月号vol.38-8「特集 ベーシックインカム 要求者たち」
所収、山森亮・立岩真也「ベーシックインカムを要求する」