アームチェア人智学日記 改

或る奴隷博士の告白

メランコリー(初稿)

たしかに、スポーツに没頭することで分泌される脳内物質による恍惚感と、自己を越えた領域で行為あるいは思索することで「救済」される感覚は似ている。それはニュートンによる重力の式とクーロンの法則が逆二乗則として相似形であることに匹敵する「偶然性」への驚きを喚起する人間的出来事ではあるが。

前者が量子論の出現後も無傷で生き残ったことに反して後者は相対論の出現による修正を受けることになる。スポーツと、没我的行為と、超然的思索。メランコリーの黒い液体を薄める冷却水は絶えず供給されなければならない。人間の心臓。壊れた原子炉から漏れ続ける黒い液体。

罠に落ちて傷を負った人は、むしろもっともっと傷つきたいのではないでしょうか? そこでこそ魂の死(地獄落ち)が、たとえ擬似的であれ経験される。むしろそこからしか開かれない世界が見えてくる。

生きている間にどこまで「死」を経験できるか。一番おそろしく、そして魅惑するものが、「死」の衣裳をまとって近づいてくる。罪を負った人間には逃げる術が無い。その”なにか”と対話し続けることにしか、死の罠に落ちることを避ける術は無い。少なくとも、おそらく今のところは。

 ☆

土星の闇の中で翳っていく肉体
黄金の雨となり降り注ぎたい
退行の大天使
メランコリーは美しい
緑色をしている
ダイダロスの贖罪
樹液のように滴り落ちる
あなたの地平線が黎明の胎児を宿す