アームチェア人智学日記 改

或る奴隷博士の告白

夜は骸骨の顔 (改)

精神病院の秋は美しい
ことに満月の夜は

 誤解したりされたり悲しいが仕方が無い。
 毒杯でも飲み干さなければ前に進めない。
 そうして何かが死んで行く。
 夜は夥しい骸骨の死の行進だ。
 そのひとりひとりの顔が私の顔。

哲学者がぶつぶつ歩きながらつぶやく

先生は言う
 
 あなたの身体
 血だらけじゃないですか
 出血がひどい
 いや
 もちろん
 ここは精神科ですから
 内的な身体のことですがね

精神病院は広大で
星月夜はすべてその領界
震える月光の陰に
すばやく正気は身を隠す

先生は言う

 あなたの踏み外した階段はもともと天国には向かわない
 あなたもそれを知りながら上っていきました
 
いやそうじゃない
私はここを逃げ出したつもりだったのだ
しかし病院の敷地がこんなに広いとは!

哲学者は言う

 君は確かにその一歩を踏み出した
 しかし
 詩の柔らかさと現実の硬さが区別できなくなるとき
 この病院に舞い戻るはめになるのだ

なるほど精神の世界は広い
それは宇宙を内包する
そしてこの病院が世界を外包する
だから星々のひとつひとつが
この病院の病棟で
担当医の背中には羽が生えている

 美しい骸骨を抱いて
 廃屋に目覚める
 曙光は薔薇色の指をもつ


    *2012/10/31に書いたものを一部書き改めました。