アームチェア人智学日記 改

或る奴隷博士の告白

大田洋子「屍の街」

河原の人たちの軽傷者は、
たれもかれも河へ行って洗い物をしはじめた。
河原には家庭生活の単位のようなものが形づくられて、
どん底という思いではなく、
簡易生活がごく自然に営まれているのである。
けれども、
一刻も早くここを退きたいと思った。

伝染病がはじまることも、
ふたたび空襲があることも怖ろしいにちがいない。
しかしもっとべつな、
もっと本質的な恐怖、
目にふれる陰惨な屍の街の光景に、
これ以上魂を傷つけられたくないと思った。

このさき長く同じものを、
腐敗して行く街々を見ていたならば、
心のどこかを犯されて、
精神までも廃墟となってしまうかと思われた。

 大田洋子「屍の街」63頁
 (「日本の原爆文学」2大田洋子 ほるぷ出版 1983年9月1日初版第二刷)