「私は蚊帳のなかでぐっすりねむっていた。八時十分だったとも云われ、八時三十分だったともいうけれど、そのとき私は、海の底で稲妻に似た青い光につつまれたような夢を見たのだった。」
アインシュタインによれば
質量の無い者は光速で走るという
ただ一つの絶対速度で宇宙を彷徨するという
われわれの宇宙には備え付けの時計は無く
ひとりひとりが固有時を担って生まれてくる
絶対時間の幻想のなかで
人類が夢を見ていた時代が終わるとき
藭の書かれた書物の一頁が燃え上がる
肉体
あなたの肌の匂い
それは燃える五月の匂いだ
表面や空間
それらも肉体の弾力とぬくもりのなかで見られる夢に過ぎない
われわれは個我の光錐の照らし出す世界の内側しか知り得ないのです
われわれの意識
揺れ動く世界線の足跡
私の世界線が消失する時空座標
その個々の位置における光錘の照らし出す未来
私とあなたを隔てる漸近線の無限の延長
つまりわれわれのカルマにおける非ユークリッド幾何学について
膨れ上がった水死体のような個我が夢見る時間は失われ
光錘の探照灯に生来の断念
つまり質量を持つ肉体と
質量の無い光速者との邂逅を隔絶する
永遠の幾何学が起動する
「火事になっていないのに、どこであんなに焼いたのだろう。ふしぎな、異様なその姿は怖ろしいのではなく、悲しく浅間しかった。せんべいを焼く職人が、あの鉄の蒸焼器(てんび)で一様にせんべいを焼いたように、どの人もまったく同じな焼け方だった。普通の火傷のように赤みがかったところや白いところがあるのではなくて、灰色だった。」
ミンコフスキー空間で灰色の火傷を負う
われわれの肉体は幾何学に還元され
固有時は沈黙する
「蟹がハサミのついた両手を前に曲げているあの形に、ぶくぶくにふくれた両手を前に曲げ空に浮かせている。そしてその両腕から襤褸切れのように灰色の皮膚が垂れ下がっている。」
対立物の統一とは、
対立物の否定を本質とし、
他なる存在を破棄し、
対立を破棄して自己へとかえっていくものだからです。
アリストテレスのいう現実性(エネルゲイア)とは、
まさしくこの否定の活動であり、
実在をうみだす活動です。
デュナミス=質量がエネルゲイアに豹変し
世界に沈黙の光が落ちるとき
あなたは
海の底で
稲妻に似た青い光に包まれる
夢を見る
*「」内引用は大田洋子「屍の街」