アームチェア人智学日記 改

或る奴隷博士の告白

科學の鉄砲玉が届かない遠方の敵を撃ち殺したつもりになっているだけなのです。

珈琲とココアを同時につくったら、どこからか、質の良いベーコンの匂いがしてきた。こういう錯覚もあるのかな。空腹でもないのですが。

今、読んでいるのですが、すごくわかりにくい。日本語で論じること自体がむずかしいのかな?

ただ、シュタイナーの問題提起が、「科学革命以降に無力化され、リアリティーを失ってしまった中世的問題群の現代的復活の試み」でもあったと云えるのではないかと思った。中世的・トマス的問題意識が現代的な意味で復活する可能性。歷史・文化自体の転生について。

「権威に基づく論証という中世哲学に特有の議論の仕方」。今は、その権威として、基督教の代わりに科學が居座っているに過ぎないのですが、殆どの論者が、その科學自体の射程距離を理解している訳では無いのです。科學の鉄砲玉が届かない遠方の敵を撃ち殺したつもりになっているだけなのです。

実は、坂口安吾もそうでした。一方で、著名クリスチャン(日本財団の理事長だった人とか、山下教授とか)には、怪しげな人がいるのも、最近の日本のおぞましいところです。