アームチェア人智学日記 改

或る奴隷博士の告白

天空の音盤 (安藤喜一郎君のために)

雨が君の頬を濡らす
シューベルトの未完成の音盤が
天の高いところで回っていて
やわらかな雨を降らせるのだ

冬と春の間の国に旅立つ君を
雨が祝福する
ぼくらの頬を伝う雨が

見開かれた大きな瞳に映る君の影を
聴かれなかった音楽
描かれなかった絵画
触れなかった愛が追いかけて行く

詩人が言葉とは何かを知らずに言葉で詩を書くことと
人間が人間であることの何であるかを知らずに生きていることとは全く同じ謎であり
君はその不条理に向けて火炎瓶を投げつけたのだ
スナップを効かせて

それはキリキリ回転しながら
みごとな弧を描きつつ
あらゆる国境を越え
冬と春の間の国の
生命の泉にポトンと落ちた

君の命がさざ波を立てる
青白い炎が水面に燃え上がる

鋼鉄と電気の河に身を投げ
肉体を脱ぎ捨てた君が歩むとき
空間は時間となり
過去と現在が未来を織りなす
宇宙の密儀が始まる

君の青白い顔には
血と骨の彩色で
原始の隈取りが浮き出ている

プロスロギオン
モノロギオン
中世の燭台に照らされ
神の存在証明に挑む
君の顔の原始の隈取り

見開かれた大きな瞳に映る君の姿を見つめている
読まれなかった書物たち

一滴
一滴と
滴り落ちる
ざらすとろのピアノの響きを
君は聴く

来たるべき星幽界の夜明けに
老いたる我らは再び君を見出すであろう
アストラル界のテロリスト
君は天使たちの闘争にわれらを引き摺り込むであろう

午前零時
天の音盤が回転を止めるとき
満ちた月の全能の光
君が蹴飛ばした未来の時間が
ぼくらの黒い影のなかで唄い始める