アームチェア人智学日記 改

或る奴隷博士の告白

「フリーメイソンリーに関するメモ」 徳本栄一郎 井上清 関曠野 スティーブン・ナイト マンリー・パルマー・ホール

1945年日本占領―フリーメイスン機密文書が明かす対日戦略

1945年日本占領―フリーメイスン機密文書が明かす対日戦略

最近感想を書いた上の本に続いて、徳本栄一郎の以下の本も数週間前に読み終えた。

英国機密ファイルの昭和天皇

英国機密ファイルの昭和天皇

徳本によれば、昭和天皇御自身が当時の帝国主義世界における勢力関係を冷徹に把握しており、軍部の独走による戦線の拡大、大戦の勃発を強く憂慮されていた。特にローマ・カソリックの総本山、バチカンの情報収集力、政治外交に於ける力を正確に理解されており、バチカンを通じての和平のアプローチも進んでいたが、何故か日本の外務省がこの計画を頓挫させてしまう(1945日本占領)。一方、陛下の命の下に、駐英大使・吉田茂がイギリスとの水面下における交渉の努力を進めていて、日英同盟の余韻が残るイギリスでは、戦争回避の契機も掴みかけていた(英国機密ファイルの昭和天皇)。しかし、チャーチルが首相になった途端に、英国の日本に対する全面的な敵対方針が展開されるようになる。チャーチルには、東洋人の台頭に対するあからさまな敵意があったことを示す文書を徳本は見出す。

徳本によれば、チャーチルも、ルーズベルトも、トルーマンも、そしてマッカーサーも、フリーメイソンであった。徳川幕府に開国を迫ったペリーもメイソンであり、敗戦国日本を占領するために厚木基地に降り立ったマッカーサーを迎えたのは、ペリー当時の十三連の星を戴く合衆国国旗だった。占領下日本では、天皇陛下をメイソンにしようとする動きさえあったことが明かされる。

一方、開戦時日本では、大川周明が「アングロサクソン世界幕府打倒」を掲げて大東亜戦争を鼓舞するラジオ放送を行っていた。

私は、浪人生の頃だったと思うが、以下の本も読んで、おそらく、長い間、漠然とその呪縛の下にいたようだ。岩波文化に代表される戦後史観とは、要するに、戦前・戦中に弾圧され、さんざんひどい目にあった左翼的思想家たちが、戦後になってその恨みをはらしている構図とでも云えば、一面的に過ぎるだろうか。しかし、岩波文化的な戦後史観自体の一面性が、巡りめぐって、今の高校生の世界史・日本史における戦前の日本の歴史の扱いにも如実に表れていると思う。「チャート式」世界史・日本史を愛読している私には、そのように思えてならない。井上清の本で、私が唯一記憶していることは、「昭和天皇アレクサンダー大王を尊敬しており、世界征服の妄想に取り憑かれていた」と言う意味の記述だった。もう、何十年も前の話だが、こういう一言が、若い批判力の無い頭脳には影響力を持っていたのだ。今、徳本の実証性と、井上の観念性を闘わせてみることは面白いので、とうの昔に売り払ってしまった井上清であったが、もう一度読み返したい気がしてきた。

井上清史論集〈4〉天皇の戦争責任 (岩波現代文庫)

井上清史論集〈4〉天皇の戦争責任 (岩波現代文庫)

一方、在野の思想家・関曠野も、以下の著書で皇室と天皇に関する実に興味深い考察を展開している。これについては、別の機会に論じたいが、雑誌「現代思想」にこのような自衛隊観、皇室観、天皇観、戦後史観が発表されていたとは知らなかった。いわゆる「右翼」の人が読んでも、感動する部分があるに違いない。「オカルト史観」の私でさえ、こういう言い方、見方があるかと感心せざるを得なかった。現実を見るとは、こういうことだろう。未だ、最後の方のベーシックインカムに関するアポリアについては未読だ。しかし、関の「岩波文化的戦後史観・東京裁判史観」からの脱却のきっかけが、911以降のアメリカのイラクに対する態度に占領下日本を見たことであったのは、全くその通りで、まともな、曇らない眼を持った日本人なら、そう思わざるを得なかったはずだ。

フクシマ以後 エネルギー・通貨・主権

フクシマ以後 エネルギー・通貨・主権

そして、少し飛躍するが、今、以下の本を読み終えるところである。

知られざるフリーメーソン (中公文庫)

知られざるフリーメーソン (中公文庫)

この本によれば、フリーメイソンの博愛の理想は、実際は、基本的にアングロサクソン世界に限定されてきたものであることが分かる。フィジーの植民地ロッジで島民たちと交際していた青年がそれを理由に位階の昇格を拒否される話が出てくる。

また、これは徳本(1945日本占領)によるが、米国でも、メイソンは基本的に白人のもので、黒人のメイソンはあり得ない。しかし、(旧)植民地において、その支配層をメーソンに加入させることは重要な活動の一環であり、例えばアメリカの旧植民地フィリピンの上流階級にはメイソンが多いらしい。つまり、メーソンは、大川周明の云うアングロサクソン世界幕府、即ち、白人帝国主義イデオロギーでもあり、また、支配地・上層階級懐柔の手段でもあったのだというのが、現在の私の作業仮説である。もちろん、一般の低い地位のメーソンにとって、それは、せいぜい、相互扶助団体、福祉団体、親睦団体以上のなにものでもないだろう。しかし、以下のナイトの本にもあるように、高位のメーソンは国際的な交流を持ち、更に、独自の異教的な信仰に染まっていることは確からしい。

マンリー・パルマ−・ホールは、32位階以上(最高位は33)の高位メーソンだったが、戦中に、オカルト国粋主義とでも云うべき"The Secret Destiny of America"(アメリカの秘密の運命)等を書いて、「アメリカ流民主主義」が、古代エジプトに遡る根拠と世界制覇の使命を持つのだ、という主張を広めていた。 そして、トルーマン大統領の執務室には、この本が置いてあったそうだ。一方の戦前日本の右翼思想家たちも、ことごとく仏教神秘主義とでもいうべき実践的な神秘家の側面を持っていたことを指摘しておきたい。日米開戦は、当然のことながら、決して帝国主義だけの問題ではなかった。シュタイナーも生前に予測していた、避け得ない東西の霊性の対決という側面も確かにあったはずだ。

スティーブン・ナイトの本書によれば、イギリスがいかにメイソンに浸食された国であるかが分かる。特に、カンタベリー大司教(イギリス国教の長)がメーソンである場合があることなどは、イギリス人自身にも重大な問題であろう。ナイトは、上位メーソンにしか明かされない彼らの崇める神の名前の問題にまで肉薄する(第二十三章・悪魔信仰説を追って)。それは、旧約時代に邪神として退けられたバール神、エジプトのオシリス神、そしてエホバをつぎあわせたような名前であった。ちなみに、ナイトは、切り裂きジャック事件にメーソンが関わったという本も書いて、エジプトのオシリス神話にまつわるメーソン儀礼に則った猟奇事件としている。イギリス皇室のスキャンダルを隠蔽するために高位のメーソンであった当時の司法官が関与した結果であるとしている。

ナイトは、本書を上梓した数年後、三十代の若さで亡くなっている。本書は基本的にイギリス国内のメーソンの動向を追ったものであったが、読者としては、国際的なメーソンの在り方を同様な実証的な手法で追った調査結果が知りたかった。大変残念なことである。メーソンがらみは不審死が多いようだ。