アームチェア人智学日記 改

或る奴隷博士の告白

人智学原理主義者

私は日本の人智学運動に参加し、ささやかであってもその歴史に自己の足跡を残したいと思った。それはきわめて自己中心的な動機からである。そのことは昨日、現在の日本の人智学運動を調べようと思って、発作的にググってみた結果明確になった。

意外に豊富な検索結果があり、非常に立派なサイトも出来ていて、講座や、色とりどりのプログラムも走っていることを知って、私が感じたのは、どこか後ろめたい疎外感だったのだ。その運動の活発さをよろこぶ気持ちよりも、何か嫉妬めいた感情の方が強かったのである。自分などが今更何か付け加えることがあるだろうか。無知故の自信と傲慢さが打ち砕かれた瞬間だった。

鳩山前首相が在職中にシュタイナー学校について言及したという記事もあり、目を丸くしてしまったが、私は全く知らなかった。しかし民主党はその後、現在の管・仙谷時代になり、今後、かつての自民党の小泉・竹中時代よりも対米隷属化が酷くなると危惧する人もいる。小沢・鳩山時代に作製・標榜されたマニフェストの廃棄処分に見られるように、国民の衰弱死を目指しているとしか思えない。シュタイナー学校のような、反奴隷教育、自主独立の自由な意識魂を育成する教育が、そのような奴隷根性の内閣によってサポートされることは無さそうだ。むしろ、真のシュタイナー学校は弾圧される方向だろう。

明くる今日も、シュタイナーの講演録を読んでいると、その情熱が伝わってくることには変わりがない。それが、1917年という百年近く前の講演であっても、今目の前でシュタイナーが語っているような迫力を感じてしまう。それはシュタイナー博士が提起した問題が全く今の問題そのものであって、アメリカによる原爆投下・一般市民大虐殺を経験した日本人である我々の方が、むしろその問題性をより生々しく感じることができるからではないかとさえ思う。ちなみに、今読んでいるのは、以下の本で、英訳。書名を訳してみると、「秘密結社と人体ダブルの秘密」人智学文献らしからぬ扇情的なタイトルがつけられているが、第一次世界大戦のさなかにオカルティスト・シュタイナーが陰謀史観を開示していると云うことを知って、矢も立てもたまらず入手した。読み終えたら、SAAS(stray armchair anthroposophist' society)のサイトにまとめを書きたい。