アームチェア人智学日記 改

或る奴隷博士の告白

  朗読する蠅の王

これは精密に制御された狂気のようなものである
しかしそこに懐かしさが漂うのはなぜだろう
狂気の側に賭けている大きな傾斜
平衡を拒むもの
傷口から羽化する蠅の王
黒い透明な羽をもつ


あるいは詩人

・・・細菌やウィールスはもっとも効果的な
(ヨーロッパ人侵略者たちの)同盟者であった
ヨーロッパ人たちは
聖書的災厄として
天然痘破傷風
さまざまな肺や腸の病気
性病
トラコーマ
チフス
レプラ
黄熱病
虫歯を持ち込んだ
インディオたちは蠅のように死んでいった
       E・ガレアーノ『収奪された大地 ラテンアメリカ五百年』

俗物たちの宴が悪魔を呼び出す
ごく見慣れた光景

   *

矢沢宰のような人
(大人になる前に童貞のまま死んだ)にしか
詩の原点は示すことができない
そこからは絶えず微かな光が
世界に向けて照射されている
二十一世紀の暗闇のなかで
黒い透明な羽をもつ
ぜんまいじかけのロボットみたいに動けばいい
マルチ・タスクではなく
マイコン制御でもなく
ゼンマイを巻いてもらったらその分だけ動いておしまい
以下くり返す
すべてなんとかなる
ぜんまいが切れたところでじっとしている
下を向いたまま
あるいは前方

   *

・・・仁とは以太(エーテル)の用(はたらき)であり
そして天地万物はこれをもとにして生まれ
これをもとにして通じあっており
遠隔の星辰にも幽冥の鬼神にも
仁によってひろく通じあうのであろう
ましてや同じこの地球に生れ同じく人間なのである
一人や二人の私意で閉塞できるものではない
学ぶものは
仁のことを悟るためには
まず以太(エーテル)の体(そのもの)と
用(はたらき)のことが
はっきりわからねばならないのである
閉塞するのは自分で自分の仁を閉塞するのである
            譚嗣同『仁學 清末の社会変革論』

   *

われら十三人の閉塞者
黒い透明な羽をもつ

   *

・・・まずはじめに
次のことをよく確かめなければならない
とニールスは答えて言った
一つの有機体は
古典物理学によって支配されるような
多くの原子的な素材から成り立つ系としては
決して持ちえないような全体性の性格を持っている
ということを
              ハイゼンベルク『部分と全体』

   *

形相の記憶
想起説の崇高を念え!
記憶の質量と言葉を天秤にかけて量る神がいる

   *

靈もまた
天使と人間が一つの形像をもつことを
まったくあきらかに示している
というのも
神は追放されたルチフェルの軍団の代わりに
ルチフェルが座した
また彼がそこから造られたその同じ場から
もう一人の天使を造られた
これがアダムであった
               ベーメ『アウローラ』

   *

これは当たり前のことだよ
とささやく検閲者
詩を分析とイメージに分解してしまう悪魔
ロゴスの敵対者
黒い透明な羽をもつ