アームチェア人智学日記 改

或る奴隷博士の告白

歩く星たち(八月の採録)

夜の帳が降りた
珈琲カップが二つ
天井の高い喫茶店の窓際で
避難について真剣に話をした
戦時中の会話のようだ
未だこの現実を認めることに躊躇している自分の不甲斐なさ
これほど明らかなのに
目に見えない戦争の最中にいる自分たち
線量計の数値だけが明かす現実とは何だ
ぼくたちは未生の死者だった

「哲学とは思想のひきおこした堕落と手を結ぶものです」
「哲学は現実世界の没落とともにはじまるのです」
街宣車の上から
若い悪霊が宣教する
そのあとを
二十八万の殉教者たちが
踊りながら歩くけれど
誰もその姿を見ない
提督ピラトの兵卒だけが
霊と霊の交通整理に没頭する

私は
崩壊
原子は
崩壊

歩く速度で
地球の裏側に墜ちて行く

  *

三博士が
幼子を訪れる

四十六億年前の
東方の星を目指して
横浜の岸辺を
歩き続けるのです


(注) 以前、行空けの無いものを推敲形としましたが、やはり初期のこの形の方がわかりやすい。