アームチェア人智学日記 改

或る奴隷博士の告白

物神崇拝と原発事故

今週辺りから東北方面の大学のサーバーも復帰し始めたようで、メールもできるようになり、知り合いの人たちはすべて無事であることが確認できた。電話も出来た。スロベニアで親しくなった大学人からのメールも届いた。私が、スロベニアでは原発は作らない方が良いよと書いたら、既に稼働中だと云うことだった。あんなに小さな国でも原発か、と思ったが、旧ユーゴ時代に作ったものかも知れない。成長を続ける国で、エネルギー需要は高まる一方らしい。チェルノブイリ事故の時には、相当の距離にもかかわらず、放射能汚染で野菜が二年間も食べられなかったという。中部・東部のヨーロッパ人には、まだその体験と記憶が残っているので、現在の日本の状況も決して他人事ではないのだろう。在日フランス人やその他の西欧人が血相を変えて成田空港に向かったのは、そう考えるとよく理解できる。彼らは深刻な放射能汚染を既に体験済みなのだ。一方の日本人は、広島・長崎、第五福竜丸の被曝体験があったにもかかわらず、当事者たちの多くも既に亡くなり、その実感を失っていたのだ。

ここで、話が飛ぶ。
矛盾した言い方だが、唯物論者は、当人には全くその意識はないにせよ、実は”唯物論の神”に仕えているのだと言うのが、私がシュタイナーから学びつつあることだ。文字通りの物神崇拝である。だから、彼らは、本来霊的な問題を執拗に物質過程の問題に還元すべく努力してきたし、その成果である科学技術が現代の物質文明を”繁栄”させていると信じている。そして、人間や自然・宇宙の霊性、霊的な問題をまじめに取り上げる態度を、排他的に攻撃する。つまり無意識のうちに、”物神教徒”としての宗教的排他性を発揮しているのだ。この唯物論者たちの無意識を支配する霊的な存在を、シュタイナーは”アーリマン”と呼ぶ。アーリマン・メフィストフェレス存在とも呼んでいる。魔女狩りの歴史を持つキリスト教西欧圏(アメリカでも魔女狩りはあった)では、サタニズム(悪魔崇拝)の存在は肯定的にせよ、否定的にせよ、歴史的に意識されてきたと思う。しかし、日本人にはそう言う感覚はないと言って良いだろう。せいぜいオカルト映画的なイメージが浮かぶ程度ではないか。この点を異邦サタニズム(=悪を正当化する思想)に平伏する一部日本人エリートの問題として、今回の原発事故でもかつてのプラント設計者として的確な意見を述べているブログ「新ベンチャー革命」が、分析している。これは現在の日本人にとって必読の文章だと私は思う。長い文章だが、最後の項目"5.米戦争屋ボスのもつ悪徳性に染まった無垢の大手マスコミ学歴エリート”にある記述に、私は頷いてしまう。

再度話は飛ぶ。
原発の危険性を指摘してきた広瀬隆がここになって再評価されてきている。しかし、広瀬隆や、槌田敦などの有力な論客を抱えていたにもかかわらず、日本の反原発運動が全く下火になってしまった背景には、組織的な反原発運動つぶしがあったという情報が、ここ数日のネット界隈を賑わしている。東京電力電気事業者連合会などが、狡猾な手法を使って動いていたという。実際ここ数日の出来事でも、たとえば23日からの東電の記者会見では、質問する記者が、会社名と記者の名前を名乗らなければ質問が出来ないという条件が課せられた結果、異様に静かな記者会見になってしまったそうだ東京電力がマスメディアの最大手のスポンサーである結果である。しかも、東電の社長が日本広報学会の会長を兼務していると言う、悪い冗談のような現実をわれわれは今になって知った。「広報」による原発の実態の隠蔽と世論誘導が行われていたわけである。多くのタレントやテレビ文化人が動員されていたようだ。私の自宅では地上波が見られないので良く知らないのだが。

広瀬隆は、ロス茶イルドの世界支配を分析・紹介した「赤い盾」も書いている。友人の上島君はこの本を読んで興奮していた。学生の頃だったが、その分厚さに恐れをなして私は読まなかった。当然、エネルギー問題とロス茶イルドの世界経済支配は、広瀬隆の中で密接に結びついているのだろう。今回のリビア空爆でも、原発増設の廃止・凍結に伴って値上がりしつつある原油を狙っての策謀が存在するという説もある。実際、人びとの自由への渇望さえ、自らの権力・金力のために利用する様々な勢力は存在するだろう。その広瀬隆によるロス茶イルドの分析を、太田龍が批判している。つまり、世界情勢を背後で操作し、その果実である戦争経済によって大もうけをする勢力には、オカルト的な背景があるのだが、広瀬隆はその点を意図的に無視しているというのだ。
現在の物質文明は、冷静に考えると、このままの方向で進む限り、破滅に向かって進行していることは間違いないだろう。しかし、その駆動力はいったい何なのだろうか。(私を含めて)多くの人びとは日常性に埋没することで、その問題に対して”見ないふり”をしてきた。しかし、日本人は今、世界に先んじて、そのつけを支払う段階にまで来てしまったことを痛感している。原発に対する態度は、文明の選択にかかわる。その意味で、今の人類にとって、日本人は一種の選民であり、日本人の今後の動向・選択が世界の手本にならなければなるまい。しかし、ここで又、CNN(日本語ネット版)が得意の世論調査の数字で世論の誘導操作を行っている(米国民57%が原子力の国内利用を支持、最新世論調査)。記事の内容を読むと、世論調査の結果は、決して表題のような単純な結論にはならないはずだと云うことが分かる。アメリカ型の見かけの(多数決)民主主義は、実は権力者・メディア支配者の意向次第で政策を左右できる便利な装置でもある。
サタニズムがリアルかそうでないかを検証することは難しい。しかし、現実を深く掘り下げ、分析して行く過程で、普通の人間には理解し難い悪の存在を発見してしまう人は少なくない。特に、アメリカやヨーロッパの内実に通じた人物に、その傾向が顕著であると私は感じている。シュタイナーはこの悪の問題を、現代文明における”アーリマン”衝動として取り上げ、人類の運命にかかわる重大問題として分析し、警告を発している。既に一世紀近く前の警告だが、シュタイナーの場合、その歴史観の射程が恐ろしく長いせいもあって、その講演内容は今現在の問題を論じていると感じざるを得ない生々しさがあり、又実際その通りなのである。